日曜数学アドベントカレンダー11日目:芸術/自然と数学 ~エッシャーと準結晶~
日曜数学アドベントカレンダーのリンクから来られた方々、
はじめましてパヤシと申します。
先日10日目は二本松せきゅーん様の「孙智伟による素数表現関数」でした。
今回私は、『芸術/自然と数学』というタイトルで記事を投稿させていただきます。
1. はじめに
数学界隈には「数学の美」について感性をお持ちの方が、たくさんいらっしゃいます。
”数学そのもの”に美を見出し数式、解法、数字そのものに美しさを感じるそうです。
素数でご飯何杯もイケる方もいらっしゃいますね。
ここら辺数学畑ではない化学畑の私からはトンと分からないものでして、
そういった悟りの境地に達することができません。
そんな私でも「数学的な美」については紹介できるんじゃないかなと、
なけなしのセンスをかき集めて芸術や自然に存在する数学を紹介したいと思います。
2. 繰り返し文様について
芸術や自然でキレイと感じる中には、幾何学が関係する事柄を多く含みます。
その中でも今回は化学にも関係する「繰り返し文様」について紹介します。
繰り返し文様で有名なもので、アラベスクがあります。
あとはエッシャー の寄木風の作品。
(Horseman エッシャー作)
元々エッシャーはグラナダのアルハンブラ宮殿でアラベスクに大いに感動し、
触発される形で繰り返し文様風の作品を作り始めたそうです。
エッシャーはもともと建築家で芸術家としてはやや孤立していました。
そんな中協力してくれたのが
・カナダの数学者コクセター。
・兄で結晶学者のB.G.エッシャーをはじめとした結晶物理・結晶化学の先生方。
と科学者の方々でした。
そんな経緯があったので、
・結晶学の国際会議で展覧会を開催。
・オランダの結晶学者マクギラフリーがエッシャー作品について結晶解析した
『シンメトリーの世界』を出版。
と、エッシャーは結晶化学者と良好な関係を築き上げました。
上のエピソードからもエッシャーの繰り返し文様は、
結晶化学者にとって魅力的な作品であった事がよく分かります。
しかしどうして結晶を取り扱う人(通称結晶屋)たちにエッシャーの繰り返し文様は
こんなに魅力的に映ったのでしょうか?
3. 結晶屋と繰り返し文様の関係
この繰り返し文様ですが、うまく切り分けると必ず”ある対称の型”に含まれます。
この対称の型を文様群(壁紙群)と呼びます。
文様群は2次元の繰り返しパターンに関する群で
・”回転”、”鏡映”、”映進”(並進+鏡映)、”並進”という操作の組み合わせで構成。
・パターンは17種類に大別。
ちなみにアラベスクは映進操作を含むものがなく、
一方日本の伝統文様にはこの17種類がすべて含まれているそうです。
最近テレビで見かけました日本の伝統文様は”しつぽう繋ぎ”
群としての表記は”p4m”となります。
テレビを見た人の中には気づいた人もいるのではないでしょうか。
そんな見かたする奴はいねーよ。
この文様の詳細は幾何学模様について研究されている
盛田みずすまし様の記事をご覧ください。*1
実はこの対称操作による群が”結晶屋”の琴線に触れました。
結晶屋は対称性が大好物です。
対称性でご飯何杯もイケる変態人種です。
その結晶屋が結晶について語るのに使う群を”空間群”と呼びます。
空間群は結晶構造の対称性を表現する際に用いる群で
・”恒等”、”回転”、”鏡映”、”反転”、”回映”、”回反”、”並進”という操作で構成。
・パターンは230種類。
・結晶化学・鉱物学を志す者は、一度は空間群に関する教科書の厚さで絶望。
数学界隈の方々ならば”点群”の方が通りが良いでしょうか?
空間群は点群から派生したものです。
集合としてみますと、”空間群⊃文様群”となりますでしょうか?
つまり結晶屋にとってエッシャーの繰り返し文様は、
”大好きな結晶構造を芸術にまで押し上げた逸品”という事になります。
これが結晶屋がエッシャーに惹かれて止まない理由と考えております。
4. 繰り返し文様からの発展 ~準結晶~
そもそも結晶というのは、
原子・分子・イオンが、繰り返し文様のように隙間なく並んだ状態です。
例えば食塩結晶の場合、NaとClのイオンが規則正しく並んでおります。
結晶構造を身近なもので例えるならば、寄せ木細工がそうです。
寄せ木細工なんて身近なものじゃねーぞというツッコミはスルーです。
(六角麻の葉 寄せ木細工でも伝統的な模様)
寄せ木(分子)を集めて、繰り返し文様(結晶構造)を作るわけです。
面白い事ですが
「繰り返し文様は、必ず寄せ木に分解できる」 は真なのですが、
「寄せ木は必ず、繰り返し文様を作る」 は必ずしも真ではありません。*2
小さな繰り返し構造をもっていない一例
(伏見康治が「乱れ(文様の科学XXV)」『数学セミナー1969年6月号』で発表)
ただ2種類の寄せ木を用いた場合、
「平面上無限に並べても、どこかその並び方が乱れて繰り返し構造にならない文様」
が存在します。
1972年にペンローズが考案しました「ペンローズ・タイル」がそれです。
これは5回対称という面白い特徴を持っています。※空間群では2,3,4,6回対称のみ。
考案された当初、数学上のみの存在として考えられておりました。
しかし、こんな面白いもの結晶屋が見逃すはずがありません。
このような”非周期的な詰まり方をした結晶”がありうるのではないかと考えました。
そして1984年、実際にイスラエルの化学者シェヒトマンが発見したのです。
シェヒトマンと発見した固体について
・Al-Mn合金を急速冷却時の結晶構造を研究。
・ある時X線結晶解析にかけたところ10回対称という対称軸を有する固体を発見。
・この固体は「準結晶」と名づけられました。
・この成果によりシェヒトマンは2011年にノーベル化学賞を受賞。
10回対称性は当時の結晶学の常識を覆すもので、もちろん空間群には含まれません。
だからこその”準”結晶です。
常識を覆すのは大変難しく、シェヒトマンは大御所ポーリングの反対を受けました。
それでもなお屈しなかったシェヒトマンの信念と当時のやり取りは非常に熱く、
このあたりのエピソードは『現代化学』で記事となっております。
興味があればぜひ読んで欲しいです。
業界あるあるですが、一度見つけられれば研究スピードは加速されます。
・東北大の蔡安邦らが安定な準結晶合金Al-Cu-Fe(1987年)やAl-Ni-Co(1989年)を作成。
※シェヒトマンの準結晶は不安定で、すぐに安定した結晶に変化。
・後に数学的に存在が証明されていた8回・12回対称性の準結晶も発見。
Ho-Mg-Zn合金の電子散乱パターン(10回対称あるのがわかります) ホント良いよね・・・(n*´ω`*n)
((;゚Д゚)あ、数学のアドベントカレンダーなのに化学ばっかりだ・・・!)
・・・えー準結晶の性質などは興味ある方はQuasicrystal - Wikipediaをご参照ください。
5. まとめ ~数学スゴイ、世界ひろい~
今回紹介したアラベスク~エッシャーの繰り返し文様、また準結晶、
これらはいずれも数学の点群に基づいた対称性を有しております。
芸術へも自然現象へも繋がる数学の凄さを改めて思い知らされます。
実はこのお話には続きがありまして、エッシャーが参考にしたアラベスクですが、
実際には繰り返し文様ではなくひもが絡み合ったような文様となっております。
このような絡み合った文様はエッシャー自身はほとんど手掛けることがなく、
最後の作品である『蛇』でのみ、それに近い文様が確認されます。
(Snakes エッシャー作)
本来のアラベスクは、
紐が色々な方向に走り、交差し、全体として対称性を持つ文様です。
広げていくと紐は閉じた構造を取ります。いわゆる閉曲線です。
これは数学では結び目理論へと繋がっていきます。
これを取り入れた文様はレオナルド・ダ・ヴィンチやデューラーが有名です。
(レオナルドの結び目文様 (アカデミア・ディ・ヴィンチのエンブレム) ミラノの版画家 1497~1500年)
しかしこれも元ネタがあり、ケルト文様がそれにあたります。
(ケルト文様の一例)
この結び目文様ですが今回の日曜数学アドベントカレンダー9日目の記事にて、
ずけやま様が素晴らしい作品を上げておりますので是非ご覧ください!
Yoshika Zukeyama - Prime knot 9_12 150mm×150mm 鉛筆 アクリル絵具 ケント紙 交点数9...
化学についても今回紹介した”非周期的な詰まり方をした結晶”ですが
非周期性の内容を議論することで、”格子と超格子”へと考えが発展します。
本当に芸術と自然現象の懐の深さには頭が下がります。
機会があればこれらも紹介したいですね。
ここまでお付き合い、ありがとうございました!
しかし数学のアドベントカレンダーなのに数学色が薄すぎたなあ・・・(;゚Д゚)。
日曜数学アドベントカレンダー12日目は、
unaoya様の「有限群のFourier変換とGauss和」です。
今度は数学色タップリですよ!
今回の記事の作成にあたり参考にした文献
『美の幾何学 - 天のたくらみ,人のたくみ』(早川文庫NF)
『かたち - 自然が創り出す美しいパターン』(早川文庫NF)
『神は数学者か? - 数学の不可思議な歴史』(早川文庫NF)